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大阪高等裁判所 昭和38年(う)469号 判決

控訴人 原審検察官・被告人

被告人 森田義和

検察官 湯川和夫

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対し、公職選挙法第二百五十二条第一項の選挙権及び被選挙権を有しない期間を二年に短縮する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、記録に綴つてある和歌山区検察庁検察官事務取扱検事可児定見並びに弁護人黒川英夫のそれぞれ作成にかかる各控訴趣意書に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

弁護人の控訴趣意について。

論旨は原判決の事実誤認を主張し、原判決は被告人らが選挙用ポスターを身体の胸部背部に掲示して第二種原動機付自転車を運転走行し又は同自転車の荷台に右ポスターを掲示して走行したことをもつて、これらのポスターを多数の者に回覧させもつて法定外文書を頒布したとみなされる行為をしたと認定しているが、本件ポスターはいずれも選挙管理委員会の検印を受けた正規の選挙運動用ポスターであつて、その性質上公職選拳法第百四十二条第三項にいわゆる回覧板その他の文書図画又は看板の類にあたらないものであり、且つ、元来選挙運動用ポスターはこれを掲示して不特定多数の通行人に供覧することを目的とするものであるから、右ポスターを原動機付自転車に掲示するなどして移動しながら通行人に供覧しても、これをもつて同条第一項の文書図画の領布とみなさるべき回覧行為であると認定するのは誤りであるというのである。

よつて案ずるに、公職選挙法(以下単に法という)によると、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会の行う検印を受け、又はその交付する証紙をはつた法第百四十三条第一項第五号の選挙運動のために使用するポスターについても、法第百四十四条の二ないし第百四十五条の規定があつて、無制限な掲示は許されておらず、また、選挙運動のために使用する文書図面は、法第百四十二条第一項により、同項各号に規定されている通常葉書のほかは、頒布することができないこととされており、さらに同条第三項本文には「選挙運動のために使用する回覧板その他の文書図画又は看板(プラカードを含む。以下同じ。)の類を多数の者に回覧させることは、第一項の頒布とみなす。」と規定されていて、かかる類の回覧はいわゆる「みなす頒布」として禁止されているのである。そして右の「選挙運動のために使用する回覧板その他の文書図画又は看板の類」とは、その回覧を禁止する法の趣旨及び同条第三項但書の規定の内容に照らし、回覧板、看板のほか、ポスター、立札、たすき、腕章等であつても右但書に該当する場合を除いてはすべてこれを含むものと解するのが相当であり、また右にいわゆる「回覧」とは、同一の文書図画又は看板の類を、これを移動することによつて特定又は不特定の多数人に見せる行為をいい、その方法は回覧板等のように順次手渡して見せる方法によると、プラカード等のように同一人が持ち歩いて多数人に見せる方法によるとを問わず、ひとしく禁止されていると解するのを相当とする。このことは同条第三項但書の規定が、法第百四十三条第一項第二号のポスター、立板、ちようちん及び看板の類を、法第百四十一条の規定により選挙運動のために使用することを許されている自動車又は船舶に取り付け、若しくは候補者がその使用するたすき、胸章及び腕章の類を着用したままで、移動して多数人に見せることが回覧行為であることを前提とし、且つ、右但書に定める回覧のみを同項本文の例外としてこれを許容しているところからも明らかである。従つて、たとえ前記選挙管理委員会の検印を受け又はその証紙をはつた選挙運動用のポスターであつても、これを法第百四十一条により選挙運動のために使用することを許されている自動車以外の自動車その他の車輌に取り付け、又は二輪自動車、原動機付自転車の類を運転し若しくはこれに同乗する者がその身体に取り付けて、道路等人目に触れる場所を走行して多数人にこれを見せる行為は、法第百四十二条第三項本文の回覧にあたるものといわねばならない。

これを本件についてみるに、原判決挙示の証拠によると、被告人は原判示高井稔ほか四名と共謀のうえ、ベニヤ板に貼布した参議院(全国区)議員候補者高山恒雄の氏名写真入りの選挙運動用ポスター二枚(いずれも選挙管理委員会の検印のあるもの)を自己の胸部及び背部に取り付けて第二種原動機付自転車を運転し、右高井稔ほか四名においてその各荷台にそれぞれ右と同様の選挙運動用ポスター二枚宛を取り付けた第二種原動機付自転車五台をそれぞれ運転して被告人に追従し、相ともに、昼間通行人のある道路を約三十二粁にわたつて走行し、その間右ポスター合計十二枚を多数人に見せたことが認められるから、被告人らは法第百四十一条第一項により禁止されている文書図画の頒布とみなされる回覧をしたものであることが明らかである。従つて原判決の事実認定は相当であり、その他記録を精査しても原判決に事実誤認のかどはなく、また法令の解釈適用の誤りもない。論旨は理出がない。

検察官の控訴趣意について。

論旨は原判決が被告人に科した罰金五千円につき二年間刑の執行を猶予したのはその量刑著るしく軽きに失し不当であるというのである。よつて記録を精査し案ずるに、原審は被告人を罰金五千円に処しながら、二年間右刑の執行を猶予したものであるが、本件は被告人が原判示の五名を指揮して、ことさらに選挙人の関心を引くために原判示のような珍奇な方法でポスターの回覧をしたもので、右犯行の動機、態様、被告人の果した役割に徴するとその犯情は一概に軽視できないものがあり、これに被告人の収入、生活状況その他諸般の事情を考慮すると、原判決が摘記する諸点を斟酌考量しても、被告人に対する五千円の罰金について特にその刑の執行を猶予すべき事案とは考えられず、実刑を科するのが相当と認められる。従つて原審の量刑は軽きに失し不当であるから、破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十一条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により更に判決する。

原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は公職選拳法第二百四十三条第三号、第百四十二条第三項、第一項、刑法第六十条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金五千円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法第十八条により金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、諸般の情状により公職選挙法第二百五十二条第四項を適用して被告人に対し同条第一項の選挙権及び被選挙権を有しない期間を二年に短縮し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥戸新三 裁判官 竹沢喜代治 裁判官 野間礼二)

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